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フォトグラファー
エリック・ミコット

被写体の内に潜む感情を引き出し、僕ならではのタイムレスな1枚を撮り続けたい

「撮影で大事にしているのは、被写体とのコミュニケーション。信頼を得ることで被写体はリラックスできるし、僕は特別なものを引き出すことができる。それこそがフォトグラファーの醍醐味」

六本木の街に掲げられた、僕の大きな夢

2022年8月、ポルシェ・ジャパンは、メジャーリーグベースボール(MLB)で活躍するロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手が、「Porsche Driving Athlete」に就任したことを発表した。「Porsche Driving Athlete」は、ポルシェが掲げる“夢を追い続ける人のためのブランド”というビジョンのもと、世界に挑戦する若きアスリートを支援するプロジェクトだ。

就任発表後、東京・六本木ヒルズの隣にある六本木メトロハットには、タイカンの前で佇む大谷選手の広告写真がビル側面をすっぽり覆う大きさで掲載され、大きな話題となった。この写真を撮影したのが、日本を拠点に活動するフォトグラファーのエリック・ミコットさんだ。

「僕の目標の一つに、渋谷のスクランブル交差点にある大きな看板に写真を載せることがありました。もう何年も夢見てきたことです。今回、六本木に掲載された大谷選手の写真を見て、そのスケール感に衝撃を受けました。あのサイズで大勢の方に写真を見てもらえたことは、これ以上ない喜びですし、僕の夢のリストが一つ埋まった瞬間でしたね」

異国の地でリスタートしたフォトグラファー人生

現在、広告やさまざまな媒体で数多くの著名人を撮影する彼だが、そもそもフォトグラファーになったのは「成り行き」だったという。高校卒業後、彼はニューヨークのアパレル企業に就職し、パッケージやウェブのデザイナーとして働いてた。ところが、ある日、会社が大規模なリストラを敢行。幸いにして、彼はそのまま会社に残れたものの、同じ課で働くフォトグラファーは退職となり、社内にフォトグラファーが不在になった。そこで、会社が白羽の矢が立てたのが、彼だった。

「カメラのことはよく分からないけど、昔からフォトショップは得意だったんです。だから、試行錯誤しながら何とか仕上げていました。大変でしたけど、すぐ形にできる写真の仕事は満足感があったんです。それからですね、フォトグラファーに専念しようと思ったのは」

まさに運命的なキャリアパス。その後はニューヨークに活動の根を張っていくが、一方でフォトグラファーとしての差別化に悩み始める。そこで彼は心機一転、活動の拠点を子どものころから憧れていた日本に移すことを決意した。

「子どものころ、大阪にいる祖母の元へ遊びに行って以来、ものすごく日本が好きでした。いつか日本で暮らしたいと思っていたので、25歳を迎えたときに仕事を辞め、少ない貯金を持って大阪へ行きました。当時はまだフォトグラファーとして力不足なのはわかっていたけど、自分はフォトグラファーなんだと言い切り、写真を撮り続けました」

異国の地でそれまでの自分をリセットする。それはかなり大変だったのでは?

「いや、面白かったですよ、今まではとは違う、別の自分になれたので。でも、ここまで振り切れたのは、環境を変えたことが大きかったと思います。居心地のよかった環境を飛び出したことで、強制的に自分に挑戦を促すことができました。その結果が今につながっていると思います」

「今の僕があるのは、25歳で環境を変えたことが大きいと思う。それまでの居心地のよかったニューヨークを飛び出したことで、強制的に自分に挑戦を促すことができた」

被写体と会話を重ねながら、タイムレスな1枚を撮る

来日後、仕事の基盤を作ることはもちろんだが、それまで自信のあった日本語が全部間違っていたことが分かり、心折れることもあったそう。でも、「僕は日本人でもないし、ビジネスマンでもないのだから、きちんとした日本語じゃなくてもいいんじゃないか」と気づき、肩の荷が下りたという。その時の気づきが、今の彼の撮影スタイルにもつながっているのかもしれない。

「僕が撮影で大事にしているのは、被写体とのコミュニケーションです。被写体から信頼されるとリラックスした状態で撮影できるし、普段見せないような素の表情やポーズが生まれる場合があります。決して簡単なことではないけど、どうしたら被写体の個性を出すことができるかが一番重要だと思うし、それこそがフォトグラファーの醍醐味だと思う。大谷選手の撮影も短時間でしたが、たとえば、雑誌の撮影でも、僕はその時間内でほかの誰にも引き出せない魅力を引き出してやるぞ!と、常に自分自身にプレッシャーをかけて挑みます」

こうして撮った写真は、被写体の内に潜む感情や魅力が見事に引き出され、彼ならではの特別な1枚となって表現されていく。

「僕が被写体とコミュニケーションをとるのは、大げさなポージングの写真が撮りたいわけではなく、昨日撮影したようにも、10年前に撮影したようにも見える、シンプルでタイムレスな写真が撮りたいからです」

一つの夢が叶った今、彼に次のBucket Listを尋ねると、「911 タルガのオープントップモデルを買うこと」だという。

「今はエアコンもパワーウィンドウもないクラシックカーに乗っていて、それはそれで楽しいのですが、タルガに乗っている自分を想像するだけで……最高ですね。あのボディラインがたまらない。タルガに乗る、それが今の目標です」(笑)」